はっきり言ってにわかファンである。
昔から関心を持っていたわけではない。それでも知れば知るほどリスペクトしたくなるのが
健さん。亡くなってからの知人友人たちの公開されているコメントはすべて確認した。
ただただリスペクトに値すると思った。死後しばらくたってから闘病と入院、そして死去のニュース
が流れたような気がする。個人的に、情報を集めだしたのは、今年2月に入ってからである。
そういえば渥美清さんがこの世を去った時もしばらくたってから報道された気がする。
きっと本人達がそうしてくれと生前言い残したんだろう。
同時期に菅原文太さんも他界した。昔、名画座で3~4本がけでかかっていたトラック野郎シリーズ
を見たことがある。もちろんTVでも見た。多少、感化されたのかトラック野郎が集まるような、
よく映画の中に出てくる、運ちゃん御用達の大きな安食堂みたいのがないか見つけたことがある。
それらしきは、確かにあったがトラック野郎ばかりが客ではなかった。考えてみればわかることで、
何十台もトラックが一斉に入れるような飯屋がそうそうあるわけではない。だいたい時間が命の
仕事で、こみあう昼間に悠長に食堂に入っている長距離運ちゃんなどいるはずもない。
「トラック野郎」によく出てきた仲間や商売敵が集まる飲み屋はどうかと言えば、これは見つけた
ことがない。あるのかもしれないし、やはりドラマだけの話だけなのかもしれない。いずれにせよ
あの世界にあこがれた時期があった。普通はありえないことだが、金融業界に勤めながら、
ディスカウンターの夜、週末のバイトをしばらくやったことがある。本当は服務規程外だったが。
仕事を終えて、汗をふきふき再開発が始まる前のJR北浦和駅の古い商店街にあった食堂まで行き、
ビール大びん1本ととんかつライスを頼む。なぜかそんなことでも少しだけ近づいた気がしたものだ。
デスクワークだけではビールはうまくなかった。ブルーカラーにはブルーカラーの楽しみがある。
それを普通は知らないだけだ。それからまもなく再開発が始まり、店は終わった。
もう20年近くなる。あの時代、高いところは大びん600円するところもあったが、
エビス大びんが380円、かつライスは550円じゃなかったか。1000円で確か足りたような気がする。
それだけでもすごいが、店の中が昭和にタイムスリップしたというか、昭和のまま止まってしまって
いるような店だった。店主ともそんな話をしたことがあって、自分はそれがいいと言った。店主は、
特別感想もなかったようだ。ビールのことは、「ビールは手がかからないからねえ」とかうそぶいて
いた。とんかつも昭和のとんかつそのものの味だった。あの時でさえ、こんなとんかつ久しぶりだ、
と思った。あの店はもうない。もう昭和のあの味は二度と味わうこともないのかもしれない。
健さんはご存知のとおり、江利チエミさんと離婚後独身を貫いた人である。
1世代上の人たちに言わせると江利さんのおかげで江利さんと一緒になって有名になったという
のも多々聞かれる。いわば逆玉である。もちろんそれだけでは生涯トップ俳優などできるはずも
ないだろうけど。もっとも江利さんをあまりリアルタイムで見た気はしないが。
数々あるエピソードのどこを探しても健さんを貶めるような話は出てこない。さすがだ。せいぜい
若い時代に過ぎたイタズラをやったことくらいか。
よせばいいのに女性も調べてみた。すべてネット上に公開されていることであるが。
この関係で不倫とかいかがわしいものもまるでなかったようだ。関係は、いくつかあったようだが、
相手もその時はシングルだった。だとすればそれは大人の男と女の自由な交際ということになる。
誰に批判される筋合いのものではない。健さんはストイックだったせいか同性愛者ではないか、
後輩の小林捻侍さんとそうでは?とか噂が立てられたこともあった。シングルの男性が同性の
後輩を大切にしてやると大変らしい。
健さんと恋愛があったといわれるのは、4人。押しかけ女房的に向こうから積極アタックされたとい
う十朱幸代さん。一時は一緒に生活したらしいが、十朱さんの性格と喫煙癖が合わなかったらしい。
次に児島みゆきさん。これは本人が手記を書いている。1年間の同棲。否定報道もないのだから、
事実なんだろう。同世代のこども時代のエッチ心の向かう先だった。よくパンチラが載っていた。
そして賠償千恵子さん。さくらさんだ。そういえば何度も共演している。まさにビッグカップルその
もの。倍賞さんは、You Tube などを見ると海外のファンがとても多い。由紀さおりさんに
も匹敵しようかというものだ。今見ると本当にすばらしい。でもリアルタイムでは大していいとも
思わなかった。おじさんの世界だろうと思っていた。
最後に、札幌の鮨屋を借り切って、口説いたといわれる石野真子さん。石野真子の顔の感じとか
は江利チエミさんに共通するものがある気がする。
健さん、やっぱり女性も好きだったんだね。ある意味安心した。
養子になったという、今健さんの相続人の女性も多分、そういうことだろう。知り合って19年、
今50歳ということは最初は30歳そこそこの女性だったということになる。健さん、64歳。
ありえたのかもしれない。
昔から関心を持っていたわけではない。それでも知れば知るほどリスペクトしたくなるのが
健さん。亡くなってからの知人友人たちの公開されているコメントはすべて確認した。
ただただリスペクトに値すると思った。死後しばらくたってから闘病と入院、そして死去のニュース
が流れたような気がする。個人的に、情報を集めだしたのは、今年2月に入ってからである。
そういえば渥美清さんがこの世を去った時もしばらくたってから報道された気がする。
きっと本人達がそうしてくれと生前言い残したんだろう。
同時期に菅原文太さんも他界した。昔、名画座で3~4本がけでかかっていたトラック野郎シリーズ
を見たことがある。もちろんTVでも見た。多少、感化されたのかトラック野郎が集まるような、
よく映画の中に出てくる、運ちゃん御用達の大きな安食堂みたいのがないか見つけたことがある。
それらしきは、確かにあったがトラック野郎ばかりが客ではなかった。考えてみればわかることで、
何十台もトラックが一斉に入れるような飯屋がそうそうあるわけではない。だいたい時間が命の
仕事で、こみあう昼間に悠長に食堂に入っている長距離運ちゃんなどいるはずもない。
「トラック野郎」によく出てきた仲間や商売敵が集まる飲み屋はどうかと言えば、これは見つけた
ことがない。あるのかもしれないし、やはりドラマだけの話だけなのかもしれない。いずれにせよ
あの世界にあこがれた時期があった。普通はありえないことだが、金融業界に勤めながら、
ディスカウンターの夜、週末のバイトをしばらくやったことがある。本当は服務規程外だったが。
仕事を終えて、汗をふきふき再開発が始まる前のJR北浦和駅の古い商店街にあった食堂まで行き、
ビール大びん1本ととんかつライスを頼む。なぜかそんなことでも少しだけ近づいた気がしたものだ。
デスクワークだけではビールはうまくなかった。ブルーカラーにはブルーカラーの楽しみがある。
それを普通は知らないだけだ。それからまもなく再開発が始まり、店は終わった。
もう20年近くなる。あの時代、高いところは大びん600円するところもあったが、
エビス大びんが380円、かつライスは550円じゃなかったか。1000円で確か足りたような気がする。
それだけでもすごいが、店の中が昭和にタイムスリップしたというか、昭和のまま止まってしまって
いるような店だった。店主ともそんな話をしたことがあって、自分はそれがいいと言った。店主は、
特別感想もなかったようだ。ビールのことは、「ビールは手がかからないからねえ」とかうそぶいて
いた。とんかつも昭和のとんかつそのものの味だった。あの時でさえ、こんなとんかつ久しぶりだ、
と思った。あの店はもうない。もう昭和のあの味は二度と味わうこともないのかもしれない。
健さんはご存知のとおり、江利チエミさんと離婚後独身を貫いた人である。
1世代上の人たちに言わせると江利さんのおかげで江利さんと一緒になって有名になったという
のも多々聞かれる。いわば逆玉である。もちろんそれだけでは生涯トップ俳優などできるはずも
ないだろうけど。もっとも江利さんをあまりリアルタイムで見た気はしないが。
数々あるエピソードのどこを探しても健さんを貶めるような話は出てこない。さすがだ。せいぜい
若い時代に過ぎたイタズラをやったことくらいか。
よせばいいのに女性も調べてみた。すべてネット上に公開されていることであるが。
この関係で不倫とかいかがわしいものもまるでなかったようだ。関係は、いくつかあったようだが、
相手もその時はシングルだった。だとすればそれは大人の男と女の自由な交際ということになる。
誰に批判される筋合いのものではない。健さんはストイックだったせいか同性愛者ではないか、
後輩の小林捻侍さんとそうでは?とか噂が立てられたこともあった。シングルの男性が同性の
後輩を大切にしてやると大変らしい。
健さんと恋愛があったといわれるのは、4人。押しかけ女房的に向こうから積極アタックされたとい
う十朱幸代さん。一時は一緒に生活したらしいが、十朱さんの性格と喫煙癖が合わなかったらしい。
次に児島みゆきさん。これは本人が手記を書いている。1年間の同棲。否定報道もないのだから、
事実なんだろう。同世代のこども時代のエッチ心の向かう先だった。よくパンチラが載っていた。
そして賠償千恵子さん。さくらさんだ。そういえば何度も共演している。まさにビッグカップルその
もの。倍賞さんは、You Tube などを見ると海外のファンがとても多い。由紀さおりさんに
も匹敵しようかというものだ。今見ると本当にすばらしい。でもリアルタイムでは大していいとも
思わなかった。おじさんの世界だろうと思っていた。
最後に、札幌の鮨屋を借り切って、口説いたといわれる石野真子さん。石野真子の顔の感じとか
は江利チエミさんに共通するものがある気がする。
健さん、やっぱり女性も好きだったんだね。ある意味安心した。
養子になったという、今健さんの相続人の女性も多分、そういうことだろう。知り合って19年、
今50歳ということは最初は30歳そこそこの女性だったということになる。健さん、64歳。
ありえたのかもしれない。
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