2010年12月31日金曜日

ブログを再開したが・・・・・最近のことで。

 ブログを再開すると宣言したのに、ずいぶん間があいてしまった。それにも関らず、そこそこアクセス
があるのを見る度、残念でならかった。書ける内容は、山ほどあるのだが、それを自由にさせない束
縛が有形無形にあったのだ。いちばんの障害は、もちろん仕事。もう勤め人はやめようと思っていたの
に、生活に迫られて再就職することが決まったのだ。絶対、神経的に疲れきって帰って来るような仕事
はしないと誓ったはずだが、神経のすり減らないような仕事ではなかなか稼げなかった。それでも、でき
ることなら今までのような自由の効かない時間帯での勤務、それも高収入目的の業界選びというのは
避けたかった。長年保険金融の世界に生きてきたけど、正直言ってあまりいい思い出はない。だいたい
この世界に生きた人で、ふりかえって本当に充実したビジネスライフだったという人がどれだけいるのだろうか?

 自分が生み出し命名した保険商品が市場に販売され、会社の主力商品になったこともある、総額
十数億円の大型企業保険の準幹事会社に指名される実績も作った、融資では20億円からのプロジェ
クトを何件かコントロールもした。でも結果的には、いかがわしい企業集団への協調融資などはほとん
ど自分から良しとしなかった。外資に行ってからは、出先のマネージャに始まり、本社でビジネスディベ
ロップメントやチャネルディベロップメント、ITやリクルーティング、内部統制などのプロジェクトの責任者
をやらせてもらった。
 なのに今思い返してみると、そういった華々しい記憶のほかに、あまり後味の良くないい出の数々
が栄光の記憶を帳消しにして余りあるほどなのである。こころが痛むような憶も数々あれば、れほど
傾注したかわからぬほどの業績が今となっては、誰もそのことさえ記憶にとどめていないのもあるし。
プライベートだって「社敵」にじゃまばっかりされた気がする。ビジネスとは、そういうものだとわかって
はいるが・・・それでもなにかやりきれない。いったい、それで何が残ったのだ。二十年もかけて、と。
こんな姿をいったいどれだけのわたしの知友が知ってくれたことだろう、と。少なくとも本当に知って
ほしかった学生時代までの彼らは、ほとんど知るまい・・・・

 これを読めば、多くの人たちは、個人的な問題だろうと思うのかもしれないが、振り返るぎり、
わたしのまわりにいた人たちで、例外的な人は、2割にも満たないだろうとう。
だいたい最後の会の日本人重役トップでさえ、今では口には出さないだろうけど、たぶんわたし
以上に思いだしたくなことばかりだろう。私を採用した直属上司だった。ときどきTVで姿を見かけ
るが、民主党主催の行政刷新会議の事業仕分け人をやっていた。テロップというのか、スクリプトという
のかには「企業経営者」だったが。たしかに、いやな思い出というのは新しい仕事に切り替える
ことで、ある程度ふっきれるのだろう。世間では金融や外資で相当活躍した人は、そのまま渡り
鳥みたいにしてずっと勤め人として高給で暮らすのだろうと思われているのだろうが、それは幻想に近いことだ。
 多くは、早めに独立したり、小さな事務所を共同設立したり、コンサルタントになったり、はたまた
全然縁もゆかりもない世界に行ってしまったりする。長続きはしないのだ。いや、長続きはさせ
ない、と言ったほうが妥当か?
 その理由は、この世界に踏み入れた経験がなければわからない。ある意味、ドラマ「ハゲタカ」
みたいな、いや正直に言えばもっと聞くに堪えない世界で、なおかつ何年もハッピーエンドの兆しさえ
ない世界って、言ったら理解してもらえるだろうか。きわどい話は内部で揉み消され、守秘義務
厳重に何年もほどこされる世界だ。

 理由を書きだせば、なかなか簡単にはまとまらない。いつかは言ってみたいけど。
 
 ともあれ、やるなら意義ややりがいがある仕事を残りの人生にしたいと思った。報酬は多少
安くてかまわない。仕事は、本当にやりたいことを可能にするための手段である。いいかえれば目的
別にあって、それを支える糧をひさぐだけでいい。
 それで今がある。だが現実は、なかなか思い通りにはいかだ。今のところまでは、なかなか他の
ことやる気力も余力も残っていなかった。年末休暇に入るまでは・・・・・・

2010年10月29日金曜日

ブログ再開!

 ブログを書きこむのは、3か月ぶりだ。
ここ最近、人生の正念場みたいなことが続いて正直余裕がなかった。
それに何と言っても、暑かった。暑すぎた。
今年の夏は。
異常だった。なんせ、9月の22日に、首都圏で34℃越えなんだから・・・・
22日の日は、朝エアコン使ったきりで、あとは今年の最後の暑さだというので、存分に味わうことにした。
いっやー暑い暑い、障子の張り替えしたんだけど、貼り替えた障子に汗がすぐ落ちる始末。
この日も、連日のようにシャワーを3~4度浴びたと思う。

 翌23日は地方に出かけていたけど、一転して寒い雨の日になった。よく季節の終わり目には、雨や風
吹くと言うけど、翌日も雨、その翌々日には午前中が大風になった。まさに言われてるとおり。

 そして、あれから1カ月の今日は、昼でも20℃にも満たなかった。寒い。今度は寒い。暑がりの自分で
さえ、長袖シャッツだけでは、ギリギリくらい。寒がりの女性なら、ストーブを焚くのかもしれないなあと感じ
ている。

 秋というのは、四季の中でも雪解けの春と同じか、それ以上に麗しい季節だと思っている。その秋が、もう
早くも過ぎようとしている。温暖化の影響でいずれ秋が一カ月くらいになってしまうのではないか?
と報道された番組があったけど、こんなに早く来てしまうとは・・・・
 今年の秋は、9月の10日間と10月だけで終わってしまうのだろうか。

 そういえば、国道299号麦草峠が、11/18冬季閉鎖とのこと。ビーナスラインや霧ヶ峰は、ときどきライ
ブカメラで確認してるが、そろそろ終わりかもしれない。一度行ってきたいと思う。
でも寒いだろうなあ。

 
注)ビーナスラインに紅葉は、ありません。念のため。村上春樹作品では、白樺が紅葉しているシーンが出てきますけど、あれは大ウソですね。(写真は、鳥取県日野町滝山公園です。)

2010年7月22日木曜日

壊れた?エアコンのその後

 アクセス数をさかのぼって見たら、日曜の19日が、たった「1」、なのに振替休日の20日月曜日に一気に
「165」まで行ってることがわかった。いったい、なんかあったのか?ツイッターで誰か紹介してくれたと
か?どっかの掲示板で注目を浴びたとか・・・・いずれにせよ当人にはわからないことだらけなのは確か
だが。

 昨日異常をきたした車のエアコンは、うそのように絶好調に戻っていた。24度設定でも、冷えすぎ
るくらい冷える。いったい、きのうのご乱心は、なんなのだったか。やっぱり、ETCセットアップの時、へんな
パルス拾ったんじゃないか?としか考えようがないのだが。たしかに電気の配線はつながっていないし、
中間のリレー部だって結合してるわけじゃない。唯一ヒューズボックスで合流するくらいだろうか。だか
ら、電気工学?の理論上、お互いに干渉しあうなんてことはまずありえないんだけど。

 やや気になるのは、といっても素人考えだが、エアコンもオートエアコンである以上、外部センサー
から状況を読みとり、電気信号に変えてマイコン制御してるってことだ。現代の車は、高級車だろうが大衆
車だろうが、制御系にコンピューターを使っているはずなんである。そこらを走りまわってる軽乗用車でも
エンジンやエアコン、場合によってはトランスミッション(軽はほとんどないかもしれないが・・・・)の変速
などがコンピューター制御なのである。これが、レベルの高い車になると走行中のサスペンション制御
までコンピュータ仕掛けになってくる。究極は、車両のあらゆるデータを読みとり、電気で動かせる仕組
みは全部が全部、中央制御コンピューターユニットでコントロールするシステムになる。ちょっと前まで
乗っていたソアラ4.0GTアクティブコントロールサスペンションバージョンがそれだった。
 電気仕掛けの車というのは、ドイツ車、というかメルセデスではまったく感じなかったのだが、国産車では
長距離ドライブをすると、きまっていやーな神経性疲労が残ってしまうのを感じることたびたびであった。
なぜか神経の疲れがひどく残る。とくに翌日。鏡を見ると、日暮れころにはまるで神経衰弱みたいな感じ
になっているのに驚くことしばしばだった。なぜ、あんな風になるんだろうと考えてみたが、別の車で同じ
ように走っても、適度な心地いい肉体的疲労感が残るくらいで他は感じなかったから、デジタル信号、
パルスの影響じゃないのか?と考えるようになった次第である。それが、車の運転でパルスを初めて意
識するようになった最初じゃなかったかと思う。

 電気は素人なので、くわしいこと理論的ななことはまったくの門外漢と言っていいくらいだから、正しいか
どうかわからないが、どうも車の中を電気がいきかっているような気がするのである。こういう電気信号を
介しての制御は、フライバイワイヤと言われていて、基本的に配線外に電気信号が流れるということは、
ありそうにもないという。 しかしだ。意外とヘンな誤作動を起こすのも電気仕掛けでは広く知られている
ことでもある。したがって、一見まったく関係のない電気機器同士が干渉しあって、誤作動を生んでしま
う、なんてことも、全くありえない話ではないのではないか?そんな気がするのである。案外、もっと単純
な原因だったのかもしれないが、そう考えてみたほうが、なんか不思議があって面白いとも思うし。実際、
ぜったいこんなこと、ヘンだ、ありえネーってのに結構出くわすものだし・・・・である。


2010年7月21日水曜日

この3日間アクセスが急増してるんだけど・・・・・

 なにがきっかけになっているのか、当人には全然わからないのだが、連日3ケタのアクセス数あるいは、
ページビュー数がカウントされている。
 いったい、何がどうなってしまったのか・・・・
 まあ、いい。ここのブログを始めた時から、カウント数に一喜一憂しない、嘘を書かない、記憶の整理に
資するツールとなす、という理念を掲げ貫いてきているのだから。
 
 このブログは、マイナーブログとして自他ともに任じて始めたつもりだった。カウント数を上げようと閲覧者
に媚びたコンテンツにするつもりは、今でも毛頭ない。、そんなことをやったら、あっという間に事実でない
ことや、嘘っぱちを書いてしまうことになる。
 既存メディアが、往々にして陥る罠である。そういうことは、なぜか続かない。嘘や欺瞞は、その場かぎり
のものだし、平気でやってるつもりで、知らず知らずのうちに当人のマインドをむしばんでいくものだ。
 人間そんなに自分をごまかして生きていけるものではない。多分、虚構を構築していかなければ成り立た
ない作業の連続である小説家、とくに「わたくしは・・・・」で始まるような私小説(これは、日本で生まれた
ジャンルとのこと)を書く人には、とてつもない精神的負担を強いるのではないか、と最近考えている。
 ネットの掲示板やブログなら、厭ならやめればいいじゃん、ということにもなろうが、小説では、そうはい
かない。
 書きおろしなら、まだしも、連載とかになったら、その重圧は並大抵のことではすまないことになるので
は、と思う。
 そういえば、近現代の世界に冠たる日本文学の道統をふりかえってみると、やはり、煩悶に苦しんだ
大家のなんとおおいことか。

 だからということでもないが、その場かぎりの嘘や出まかせはいいにしても、常習的にやることは、聞き
手にいつか見透かされるのみならず、本人のマインドを混乱させるもとだと思っている。したがって、当
ブログは決してカウント数やページビュー数を今後も狙っていかないことに変わりない。

 さて・・・・・・
ここ数日、梅雨明けからすさまじい暑さである。今日は車についてる外気温度計が36°だった。すごい
の一言。熱中症でやられてしまうご老人もいるよし。つい先先月の5月に雪が降って、中旬まで異様に
寒かったのを忘れてしまった人も多いんじゃないだろうか。
 おとといが、今年最高で、きのうが更新して、今日はさらに更新かなあと思う。
 そういえば、今日は、ふだんありえないようなできごとが、ふたつばかりあった。これも暑さのなせるわざ
なのだろうか。
 新しく買った車(といっても去年10月)にETCをつけるため、なじみの外車屋に行ったときのことだっ
た。この地域の人たちには、通称オリンピック道路と呼ばれている片側2車線の走りやすい道を走って
いくとホームセンターのある大きめの交差点が、信号青にもかかわらず、日傘をさした70代か80前後
の比較的元気そうな、婆さんが横断歩道を平気でわたっていた。先頭で右側車線を走ってきたので
遠くに人影を発見して、急減速、婆さんをいかしてやったが、いったいどうしたのだろう?
 暑さにやられてしまったのか?そうだよなあ、こんなに暑いんじゃ・・・・責める気にもならないので、クラ
クションも鳴らさず、通過を待った。後続もなにか察したのか、大人しくしていてくれた。1台、左側を猛
スピードで通過した赤の2BOXのあんちゃんがいたが、もうこっちの前にさしかかっていたので、轢きころ
されるようなことにはならなかったのが幸いだった。
 
 スピードが出ていなくて良かった良かったと思って店につき、ETCセットアップをやってもらう。30分
くらいと言っていたが、結局40分かかった。セットアップ料金を支払い店を出る。いったん家により、
荷物を載せ再出発のつもりだったが、走り出して異常に暑いことに気づく。エアコンの操作パネルを見ると
ファンは良く回っているが、コンプレッサーがどうも作動してないらしい。ACスイッチのランプがなぜか
点滅している。いやあ参ったな。ETCセットアップと関係あるのか?急いで店に戻る。セットアップして
くれたメカニックが出てきた。配線リレーとも別系統ですから・・・・というのだが。
 パルスでも拾ったのかな?と自分。そんなこんなして、メカニックがスイッチをいじってるうち、自然に
直ってしまった。???としか思いようがない。とりあえず、礼を言ってまたショップを後にする。
 走り出して、スイッチをまたいじくりまわしていたら、また熱風吹きすさぶ室内となってしまった。いっや
あ、こりゃあ日本電装あづけるしかないか・・・・・と観念して向かうことに決めた。
 とどうだろう、車が日本電装へ向かう道の大混雑を見たせいかどうかわからないが、またしても直って
しまった。いったい? 
 このままでも不安なので、そこら近辺を20~30分走ってみる。異常はない、一過性のものか?ただ、
気のせいかききが悪くなった気もするが・・・・・
 とりあえず、またなっても困るので別の車に乗り換え、いったん戻ることにした。

 こう暑いと人間様だけでなく、電気信号もおかしくなっちゃうものなのだろうか・・・・
 

 

2010年7月16日金曜日

民放TV局のHPコンテンツって10年変わってないなあ・・・・

 このところWiki編集に時間を費やしたり、大学時代の友人と頻繁にメール交換したりと、ブログの方が
ホッタラカシになってしまっていた。おまけになんとなく暑くなってきたし・・・・
 まあ、あまり見てくれる人も最近はいないみたいだし、いいか、って勝手に無精を決め込んでしまった。
ところがだ。久しぶりにカウンター見ると驚いたことに一か月も更新してないのに、おどろくほど閲覧があっ
た。といっても、はじめからマイナー覚悟のブログだからたいしたことないが。でもこれがアメーバなら、3桁
行ってたかもしれない・・・・いや、そうだろう。同じこと書いてもアメーバだとカウントがガクンと上がるのであ
るから。ということで、しばらくぶりに更新することにした。
 友人が、このところNYから日本に出稼ぎに来ているが、5月下旬から半ば公人である、あいつが全然
更新してないのよりは、まだましだ、気にすることはない、と思って図々しく再開することにする。
ちょっとWiki編集での活動がもとで、ブログが知られてしまった感も否めないが、それはそれとしておこ
う。別に悪いことやってるわけじゃなし、気に留めることでもない。

 しかし、Wiki編集のHNはじめとして編集者データならびに内容において、いっさいこのブログに関わ
るデータとリンクも共有もしていないし、触れてもいないのだから、まずブログの存在は知られまいと思って
いたが、もしこの推測が当たっていたら、けっこうわかっちゃうもんなんだなあという感じか・・・・
 というか、ブログではWiki参戦中って書いたしなあ、あのせいか?ごくわずかなブログ閲覧者が、
Wiki閲覧者と相乗作用を生んでしまう、なんて全然考えなかったが。ネット世界の住人、チャットや掲示
板、ついったーでもやらなけりゃ、基本孤独な旅人・・・・のはずと思ってたんだが・・・・・


 そうだ直列6気筒の話、昔いいエンジンがあったのに・・・・で終わっていたんだ。あの話、続けなけりゃ
ならない。とはいえ、テンションが落ちてるし、次回テンション戻して書くことにするか・・・・・

 話が変わるが、やっぱり既存メディアの代表選手TV局とネットというのは、なじまないというか、TVは
ネットなんかに本気にならないんだなあと最近思うことがある。
 というのは日本テレビのあるドラマのサイトを検索していたら、もう7月も寸前だと言うのに(当時)、最終
更新日が6/16で、なんと2回放送分も、情報更新が抜けていた。
 日本テレビですよ~、マイナー局じゃあるまいし、あのナベツネさんとこじゃねえか、それもゴールデン
かそのくらいの枠のドラマなのに・・・・
 だいたい民放TV局も民放ラジオ局も番組関連コンテンツが10年前とまったく変わり映えしないって
のはどうしたことだろう?
 だいたい各番組コンテンツが、せいぜい画面数枚程度ってのが寂しいかぎり。なんか初歩的な告知板
程度に終始してる感じだ。まあ、勝負は本番の映像で!ってことなのかもしれないが、もう少しアップした
ほうがいいのではないか?じゃなけりゃ、このネット時代生き残れないんじゃないか?って気がする。
 民放各局は、そうしたていたらくだけれど、NHKだけはさすがに、ネットにもいいコンテンツを持って
いる。これだけだろう。従来メディアでネットコンテンツにも恥ずかしくないくらいがんばってるの・・・・

 ここのところ、見る番組、録画する番組が圧倒的にNHKものが多くなってしまった。というか、基本的
にウィークデーは、月曜日のTVタックル(テレ朝)、火曜日のなんでも鑑定団(テレ東)、水曜日のいい
旅(テレ東)、1億人の質問笑ってこらえて(録画で飛ばし見するのだが、日テレ)くらいしか民放はまった
く見ないと言って差し支えないくらいで過ごしている。NHKだって、くだらない番組はたくさんあるが、
やはり質の高い番組に関してはまったく民放を寄せつけない状況であることに変わりなさそうな気が
する。

 最近は、新興メディアに営業面で押され、コスト圧縮のためなのか、フィーの安い若手芸人をスタジオ
に集めてお笑いをやるか政治問題や芸能スポーツゴシップのトークをやるかで、多くの枠の路線が決
まってしまっているのではないかと感じている。
 別にフリーで見せてもらってるのだから、なにも文句を言えた筋じゃないとは思うが、世のうつろいを
思わずにはいられない。
 大学を卒業する時、TV局はまわりの学友たちに憧憬の的だった。同じクラスの女の子がフジテレビ
アナウンサー(某著名人の次女)になったり、TBS(総合職)に体育会相撲部から、勉強もろくすっぽし
てないのに多分コネで入社したのとか、最後までアナウンサーを目指しながらコネなしで全部落ちて、
親父のつてで、まだ日本に進出してきたばかりの当時はマイナーだった外資系ホテルに勤めたのもい
た。また周辺業種になる電通や博報堂なんかも、成績優秀な知り合いがどんどん採用されていった。
 地方局に勤めたやつとアナウンサーに落ちまくったやつとは、なんのご縁なのか、いまだに、おいお前
という関係が続いているが、他の連中は斜陽産業の中で大変だろうなあ・・・・と思う。
 しかし、やつらに言わせれば、お前みたいに会社の破綻やM&Aの連続の荒波をかぶらされるより
は、まだいいぜ、と言うのかもしれないが。



2010年6月10日木曜日

本当は、こんなエンジンが最高だった・・・・・多分みんな信じないだろうけど・・・・

 V8やV12はいいに決まっている。ただ、それだけじゃあ面白くない。金を出せばいいのが手に入るって
のと同じ理屈になってしまう。それなら、そいつらに負けないくらい、いいのはありはしないかというのが、
直列6気筒に話を持ってきた所以だ。たしかにV8やV12は、すばらしいと思う。でもその味わいとは異なり
これだけにしかない特別の良さを持っているという意味で直6はいい。いい直6だったら、V8やV12に
引け目を感じることはない。

 いろんな直6に乗ってきた経験からすると、直6は小排気量がもっともフィーリングがいいという気がする。
どうも排気量が大きくなるほど、また新しいエンジンになるほど、一般に大味になる傾向のようで2JZの3リッ
ターしかり、ジャガーの9J(4リッター)しかりだった。なぜそうなのかというのが、これが問題なんだが、
誰も大排気量の直6は大味になるなんて言ったためしはなく、説明が不可能だ。ただ乗ってきた経験
からは、そうと言えるとしか言いようがない。

 それに一部同じ意見がときどき見られるが、エンジンは新しく効率を追求されると、そのパワーと効率
の反面、どんどんフィールをそがれてしまう。これも残念ながら事実だという気がしてならない。最近は、
もう70年代や80年代のエンジンを搭載した車など滅多にないから、もうあの頃のエンジンフィールを
おぼえている人はそう多くないかもしれない。しかし、どうもあの頃のエンジンのほうが、パワーや効率は
ともかく全然すばらしい“味”だったという気がする。それは国産に限らずの話で、あえていうなら、もう今
ではBMWの2リッター前後の直6のなんのへんてつもないエンジンくらいしか、いい直6は残っていない
と言っても過言ではない気もするくらいだ。

 そんな中でトヨタのM型、1G型、日産のL型、80~90年代までのBMW直6がどんな風だったか、
乗ったことのない若い世代やもう過去のことで忘れてしまったお父さんたち、元彼女で今はお母さんたち
になってしまったあの頃の女たちを思い浮かべながら書いてみようかと思う。とは言っても、直列6気筒
をどう表現したらわかってもらえるかとずっと考えているんだけど、どうも正直うまくいかない。なぜか
こういうのがいいんだ、ってのがうかんでこない。なんか漠然と陶酔感に浸っていたようで、まるで芳醇な
洋酒の味わいを説明するようなもので、味わっている感覚は確かだけど、それをどう表現したらいいか
ってなるとどうも難しい。しかたないから、他のエンジンはこうで・・・・と相対比較の中で説明するしかない
だろうと思う。それなら、得手の分野とも言えなくもない。

2010年6月6日日曜日

本当は、こんなエンジンが最高だった・・・・・多分みんな信じないだろうけど・・・・

 直列6気筒なんて、今時BMWくらいしか作っていない。コンパクト化が厳しい。高回転高出力化する
最近のトレンドの中で、高回転化には不向き。クラッシャブルゾーンを稼ぐのが難しい。もうV6でも振動、
騒音を抑える技術が実用化されている・・・・・という事情があるからだが。
 とはいえ、エンジン命のBMWが、いまだに直列6気筒にこだわるくらい(といっても、V8やV12にも
相当力を入れてるが)だから、本質的には構造上は直列6気筒は本当にすばらしいのだろう。
では、直6よりすばらしいエンジンはないか?と言えば、日常使うレベルでは、という前提にしなければ
ならないと思う。というのは、V12はもちろんのこと、良くできたV8でさえ上回るという事実があるからだ。
トヨタのV81UZ4.0リッターから同じトヨタの2JZGT3.0ターボに乗り換えたとき、パワーこそやはり2JZ
GTに譲ると感じたものの、回転の粒立ちのフィーリングとか緻密さという点で、V8の方が上だった。
拍子抜けするくらい。やっぱり、トヨタが相当の意気込みで開発したというエンジンは伊達ではなかった。

 では、V8が最高かとなると、これまた上には上がある。オールドV8には、それなりの味わいがあるので
別だけれども、90年代に入ってからの日米欧のインジェクション仕様V8は、V12のマイナー版という
フィーリングだというのが事実ではないだろうか?そう、インジェクション仕様V8というのは、フェラーリや
コルベット、BMWみたいなスポーツタイプはともかく他はだいたいおんなじフィーリングなのである。
 バランスの取れたV8を作ると、どうもトヨタやメルセデスベンツ、キャディラックみたいになってしまうらし
い。V8だけに乗っていれば、それはそれで、こんなにいいエンジンないなあと思えるのだが、V12に
乗った直後にV8に乗ると、アッと気づくのである。違う!違う!かなり違うぞ・・・・と。だがけっこう似てい
る、似ているけど下だ。まちがいない。V12に似てるけど、もっとV12の方が上だ・・・・と。たぶん、そん
な経験をした人もいるんじゃないだろうか。(V10はそれほど普及してないから、このさい除外するが)

 ということで、V12こそ最高のエンジン・・・・と結論を出してしまえば、ことは簡単なのだが、はたして
あまり一般的ではないV12を、人によっては王侯貴族金持ちのための車のエンジンと言うそれをたたえ
たところであまり意味はないという気もしないではない。あくまで、ファーストカーとして持つ車のエンジン
ということでなければ意味がないんじゃないかと・・・・
 そうなると、やっぱり上限はデイリーユース可能な4~5リッターくらいまでの6気筒以上が妥当なところか。

 この中で、最高にフィーリングのいいエンジンは何か?ということを考えてみたい。
 あくまで日常使用に供する上で、もっとも快感なエンジンということだが、レギュレーションさえなけれ
ば、オールドアメリカンV8のあのすばらしい鼓動、リズム、まるで生きてるような感覚を推したいところ
だが、そういうエンジンは最低でも6リッター前後あるから無理。となれば、よくできたV8の4リッター
クラスか2~2.5リッターの直列6気筒ではないかと思う。よくできてるV8は、今隆盛中だから、いまさら
説明の必要はないだろう。たしかに日常使用のハイエンドクラスとしてもってこいである。ただ、直列
6気筒もそれに負けないくらいいいのがある。いや、あったというべきか。それは、1昔前の2リッター前後
クラスのOHC直6のことであり、今ではBMWのスモール6くらいでしか味わうことのできない、比較的小
さな排気量の直列6気筒のことである。

 自身、6気筒車に関しては、L28改30、7MGTE、2JZGTEと乗ってきているし、走行経験ならRB
型、BMW等々あまたあることはある。それに史上最高フィーリングを持つ直列6気筒と言われるジャ
ガーXJシリーズ(97年のX300系まで搭載の9Jエンジン)の異常にコンディションのいい車に乗る機会も
あったし、ある程度のこの結論には自信があるつもり。
 だけど誰も言ってないんだよなあ。2リッターOHC(DOHCではなく)の時代によっては、最廉価版に
しか載らなかったようなエンジンが最高だったよ、なんて・・・・・

上は、トヨタ2000GT搭載の60年代最高の直列6気筒と謳われた3M型エンジン

上は、これまた60~70年代伝説の日産というかプリンスのセミレーシングエンジンと誉れ高かった
S20型エンジン、初代スカイラインGTR専用(のちに30型Zにも一部搭載)実際ものすごくいい
エキゾーストノートでした。特にクリーナーはずして、こういうエアホーン(エアファンネル)にした
タイプのやつね。

2010年6月4日金曜日

V8アメ車とオールディーズを愛する人へ

 とてもレアな曲だが、このカテゴリーが好きな人にはたまらないのを向こうのサイトで見つけたので掲載
しようと思う。これらはどうも歌詞では恋の歌のようで、特に車が出てくるわけではないけど、アメリカン
グラフィティーやビッグウェンズデーで描かれたあの時代(正確に言えば、2~3年早いか)が良く出て
いる。日本では、ほとんど知られていないようだ。インパラのジャケットが印象的で、アメリカ車だけが
持つあの独特の雰囲気が曲調と合っていた気がする。

①3人Gr.のスローテンポデゥーアップ曲
The Ovations 「 Oh What A Day」-1961

②シングルシンガーのスローテンポデゥーアップ曲
The Five Arcades 「 My Love 」―1959

 しかしこの時代は、どうしてこんなにいい曲が多いのだろう・・・・・・・

鳩山さんから菅さんへ・・・・でも鳩さん、たぶん相当怒ってるはず・・・・

 またまた1年未満で、総理交代となってしまった。このところの鳩さん見てると、どうも憔悴しきってるみた
いで、国民には言えない事実をかみしめながら、頑張っている様子がありありだったので、なんとか
是非のりきってほしいと思っていた。でも、諸般の事情からすれば、こうなることはやむを得なかったという
気もする。ただ、鳩山さん、相当怒ってるような気がしてしかたがないのだが、こんな風に感じるのは、私
だけだろうか?
 もしかしたら、鳩さんの足を引っ張ったのは、米国でも野党でもなく、鳩さんが、命がけで守ろうとした国
民そのものだったのじゃないか・・・・
 
 公約破りだ、言ってることとやろうとすることが違う・・・・となじられるが、正確には、・・・・・目指したいと言っ
たのだ。また、この数年で中国軍の東シナ海から太平洋への進出が顕著になってきたのだ。数年前とは、
事情がかなり変わってしまった。加えて野党の時は、知らせられなかった、というより総理大臣やごく一部の政権
幹部にしか知らされない安全保障上のトップシークレットに愕然としたのだ・・・・ろうと思う。

 脱税だ子ども手当だと言われるが、大金持ちの人が自らは奢らず、天下国家を考え、私財を投げ打っ
たということで事実上の一党支配から脱出できたのだ。事業でも行政でも政治でも同じことで、資金が
なければ何も始まらない。それを国民は忘れているのか、知らないのか。国民が新政権を選択した、
ということになっているが、端緒を作ったのは何が支えていたか知るべきではないだろうか。

2010年6月2日水曜日

WiKiに参加(参戦?)中・・・・

 このあいだのMR2の一件では、例の変な偏見を書きこんでるやつのことを書いたが、その後やつの
履歴をトレースしていると、ますますザ・掲示板に現れた変な野郎と同一人だったのじゃないかという気がし
てきた。しかも、もしかすると、このブログさえ読んでいるような気配さえしてくる。その上で、人の知らないと
ころ(ただしいつか、やつ=私、も目にするだろうということを見込んでいながら、客観的な第三者の判断
を装い)で、嫌味たっぷりな書き込み(ただし、程度の低い馬鹿な評論家のご託宣の受け売り、および
てめえの幼稚な思いこみで当方をすさまじい過小評価での断定のもと、茶化してるようなレベルに過ぎな
いが)をして暗躍し、こちらには気づかれないだろうと陰でせせら笑っている気がしてきた。
 もちろん、私に気づかれないと思ってやっているくらいだろうから、Wiki閲覧者には、まるでやつの
意図なんか、わかりっこない、そうふんでいるのだろう。もし、この推定が正しいのなら、とんでもないことだ。
事実、こいつの勝手なWiki内での行為には、トーク欄でも何度も抗議や指摘がされている。しかし、
それでもまったく懲りないようだ。トークを見ていると、相手が自分より弱い(知的に)と見ると、最大限
高飛車に論破を試みるような性格らしい。てめえが気に入らなければ、すぐさま他者の論調を封じ込め、
てめえのお気に入り項目では、ほとんど同じ理由でも自ら先頭になって、他者に禁止したことをやりだす。
 まさに公器であるWikiで専横をほしいままにした感がある。

 Wikiなど、参考くらいにしか今までは思ってなかったが、特定の専門分野から検証すると、いいかげんな
記述や荒唐無稽な内容も少なくない。また、こんな変な野郎が、第三者を装い、私にも、あまつさえ
トーシローの読み手には、まったくわからないだろうとの見込みで、まちがった情報を植え付け勝手し放題
を繰り返すのは、いささか受忍しがたいので、しばらく参加することにした。ただし、いくらこのとんでも野郎
の書きこんだことでも間違いでなければ、正すことはしないが。

 こういう人からは見えないと思ってる所で、嫌味なしかけを謀ったり、相手が強くても手を出せない状況
や相手が年少もしくは疲弊していると見ると、史上最強になるような悪らつな典型的○鮮人みたいな(半
島人の中でも特に悪らつなやからという意味であって、全体みんながそんな悪らつなやつらとまでは、
思わないが・・・・)やつは断じて野(ただしネット世界の)に放っておいてはならないという気がする。
 もっとも同胞でも、団塊世代や団塊ジュニアには、他の世代よりかなり目立つというのも、経験値として
知っているのだが・・・・・・・・
 リアルもネット(バーチャル)も同じで、とんでも野郎って、どこにでもいるもんだねえ。

 

2010年5月28日金曜日

MR2のWikiを鵜呑みみにしてはイケマセン!(ただし更新前のね)

 Wiki各項目になんとひとりでこの5年間で1万件以上書きこんでるやつがいる!
 以前、ザ・掲示板でNSXとMR2のことで論争したことがある。相手がやけにNSXを持ち上げたり、MR2
を批判し、ミッドシップの机上論ばかりぶつので、変な野郎だと思っていた。まあ最後には相手にも花を
持たせてあげて終結させたけど、後になってあいつは、きっと熱烈なNSX乗りなんだろうと気がついた。
(ただし、実走行が知識に伴っていた形跡はまったくなかったが・・・・)
 掲示板が終了して3年、ずっと忘れていたがウィキのMR2を見ていて、はからずもやつの主張を思いだ
すこととなった。まったく論調が同じ。同一人の仕業かどうかまでは、わからないが、履歴を見ると、どうも
その気配がなきにしもあらず。はじめはスルーするつもりでいたが、何千人もの人が最低でも見る以上、
見過ごせなくなり、ついにWiki初見参を果たしてしまった。
 現在更新されている概要のところは、大幅に私が修正し編集した内容となっている。くわえて更新前に
書かれた偏見と勘ちがい、知識不足に基づく内容について、そのまちがいを「注釈」で掲載したのだが、
その1万件君に途端に削除をかけられてしまった。その1万件君が、偏見と誤解の受け売りを書きこんで
いたのかどうかまでは、断定できないが、もしかしたら本人だったのかもしれない。

さて、更新前と更新した内容、および削除をかけられてしまったが、MR2の真実を掲載しておこう。

【更新前】
'''MR2'''(エムアールツー)は、トヨタ自動車が生産していた1600cc及び2000ccクラスのミッドシップ
スポーツカーであ後継はトヨタ・MR-S|MR-S。ミッドシップリアドライブ(MR)車としてであるが
初代、2代目共に前輪駆動車(FF車)を逆さまにする手法で作られた為に、純粋なミッドシップとは言えず、
エンジンは後輪の上とかなりリア寄りで前後の重量配分も後部が重くなっている。また、前輪駆動車同様に
ンスミッョンがエンジンの下に位置するので、エンジンの位置が高く、重心が高い。サスペンションも
また前輪駆動車のフロントサスペンションに多いストラット式サスペンションがリア側にも採用されており、
スポツカには珍しく、前後ともにストラット式となっている。

【更新後】
1)概要にあたるところの修正および編集
'MR2'''(エムアールツー)は、トヨタ自動車が生産していた1500ccと1600cc(初代AW10,11型)及び
2000cc(2代SW20型)エンジン搭載のミッドシップスポーツカー。名称が示す通り、正確には別車
種となが、トヨタのミッドシップスポーツカーとしての後継モデルはトヨタ・MR-Sが、それにあたる
日本初の量産型ミッドシップスポーツカーとして誕生。MR2の称の由来はMR(ミッドエンジン
ランナバウト=小型ミッドシップカー)2シーから来ている。

2)注釈欄の追加補筆⇒1万件君に削除をかけられた部分
 自動車評論家や自動車雑誌ライターなどから、当該車は、前輪駆動車(FF車)を逆さまにする手法
で作られた為に、純粋なミッドシップではない、またエンジンは後輪の上とかなりリア寄りで前後の重量
配分も後部が重くなっているなどと評されることが多かったためか、そう信じ込んでしまっている向きが
非常に多いが、実際は既存車種、並行開発モデルからの主要コンポーネンツの転用によって開発コス
トの大幅な抑制を狙ったオリジナル専用モデルである。(これは、ホンダNSXが開発される際に、最も
開発コストがかさむと目されたオリジナルエンジンの開発をあきらめ、FF4ドアセダン(レジェンド・セイ
バー等)用の横置き仕様V6の3.2リッターを流用したのと同じ)
 事実、サスペンション仕様などは、同クラスFF車と反対に取り付けられているわけではない。また、
そのFF車とされるセリカ・カリーナ・コロナとはホイールベースが異なり(2400mmと2525mm)フロア
パンさえ共有しておらず、ブレーキシステムも連続スポーツ走行を想定して、セリカ・カリーナ・コロナよ
りも、おおむねスポーツ志向の高い仕様となっている。(2SW20の最廉価グレードであるGにさえ4輪
ベンチレーテッドディスクシステムを付与)また、サスペンション細部の剛性やパーツなどのチューニン
グが異なり、前記の指摘は当たらない。そもそもFF車の前後車軸を逆転させ流用して、高い走行性能
が得られるほど、スポーツカーの開発は単純な作業ではない。
 また、エンジン搭載位置が後車軸にややオーバーハングしていること(車軸の上にあるわけではな
い)、後輪に占率の高い重量配分から同様に指摘を受けるが、厳密な定義からすれば、レーシング
フォーミュラ以外、純粋なミッドシップカーなど他に存在しなくなる。  
 さらに、転用したパワートレーンの構造上からエンジン搭載位置が高く・・・・などとも指摘されること
もあるが、あくまで当該車体に関しての個別の問題であって、競合他車種との性能比較で語られている
わけではなく、それらとの相対的な比較でも高いわけではない。また静止状態での見かけ上のエンジン
の重心は実際の走行状態での慣性モーメントの重心(通常クランク軸やや上方)とは異なり、さらに静
止状態の無負荷状態(搭乗員なし積載物なし走行抵抗ゼロ)の車体全体の重心と走行状態の負荷状
態(搭乗員、積載物、走行抵抗、荷重)での車体全体の重心とでは、ずれが生じるため、単純な見かけ
上の指摘に過ぎない。

 Wikiには、あらためて掲載し直すことは、しないつもり。馬鹿な書き込みを訂正しただけでも効ありと
思うから。  

2010年5月6日木曜日

レクサスとメルセデスの話題&スポーツカーが消えていく・・・・・・(3)

 連休中に見かけたメルセデスやレクサスに乗ってる連中は、やっぱり、世間一般から見れば、違った
人種みたいなのが多かった。けっこう似ている。これをどう見るべきか?結局、収入状況で車が選ばれてる
だけなんだろうか?それにしても、どうもひと癖ありそうな連中が、大半なのは相変わらずだ。
 オーナーになるまでは、確かにやっぱりちょっとした偏見を持っていた。80年代のころ、今からは想像
もつかないくらい、W126なんかが幅を利かせていて、アメリカンV8に乗っていた時でさえ、何度かあおら
れたことがある。そんな時には、ストレートマフラーで全開にしてやった。すると、あおりはやめてくれた。
 相手が、チューンドV8だと知ると、見下す気配はなくなったのであった。おそらく、こういう経験と言うのは
大なり小なり、たくさんの人があって、そのためメルセデスに対する畏敬と敬遠の混じった印象となって世間
に根付いたのだろう。ちなみに米国では、こういう感じの車を、マフィアの車というのだそうだが、それは、
メルセデスではなく、米車フルサイズセダンスモーク仕様に限られるようだ。メルセデスは、金持ちやエスタ
ブリッシュメント層の車、50代以上の裕福なセレブ層の車というイメージらしい。
 ずっとNYに住んでいる友人に聞くと、向こうのホワイトカラーのあこがれの車種は、40代までは、
圧倒的にBMWだそうである。これは、かなり顕著らしい。成功して、車が持てるようになったら、BMW!
なんだそうである。というのも、NYでは、保険もパーキングもめちゃくちゃ高くて、最低30万ドルの
年収がある人が、持つもの・・・・という認識があると言っていたが、真相は不明。なんでも、一番安くても
月1200$はくだらない、パーキング料とのこと。それに高級車だと、保険料が年間、基本で日本円で、
70~100万円、ノンスタンダード(事故歴の多い人、通常の保険に入れない人)だと、この倍になるらし
い。くわえて、盗難事件が日常茶飯事で、アパートメントの前に置いておけば、昼間でも、ものの1~2
時間でなくなってしまう・・・・と言っていた。
 事実かどうか確認してはいないが、アメリカ人みんながみんな、大きな車に乗って走りまわってるわけで
もないということは、たしかなようだ。


 BMWの次に人気なのが、トヨタ、これはヨーロッパ系の人たちも同じだとのこと。車のできに関しては、
日本車が最高、というのがNYで働くヤッピー(ちょっと古い表現か?)のあいだの定評らしい。
 しかしだ、ふだん車に乗らない連中に、日本車はいいって評価されても、いかがなものか?
 それにだ、70年代、80年代は顕著だったが、輸出仕様のほうが、コストをかけられている、生産基準
も高いってのも、日本車にはつい最近まで見られた現象なのである。公式発表では、90年代半ばくらい
から差別していないというが、どうも最近読んだ安全神話に関する本では、そうでもなく、まだ多少なりと
も残っているようなのである。


 実際に、その本に書かれてあったことを自分の車や、ディーラーの展示車で確認したのだけど、やっ
ぱり、そのとおりだった。衝撃を受けるほど、厳然とした事実だった。
 このブログで、その詳細を書くことは無理なのでしないけど、日本車を過信するより、あるいは、国産の
新車をありがたがる傾向より、10年かそれ以上落ちの、米車や欧州車の方が、まだまだ上なんだと思っ
た方が、どうも正しいようである。
 
 レクサスは、はたしてどれくらいの品質を持っているのだろうか?いろんな車を見てきたが、本当に
メルセデスレベルの品質で作られたのは、ニューセンチュリーだけではないかと思う。セルシオもシーマ
も、たいしたことはない。15年たって、品質が落ちていない個体がどれくらいあろうか。別のサイトか記事
で書かれていたが、日本車の品質維持期間が伸びたが、それでも15年で、いきなりがたがた崩れるよう
にダメになってくるとあったが、まさに乗っていたUZZ32の先代ソアラがそうだった。走行距離は、あまり
関係ない。15年~17年で、あちこちがダメになってくる。もっとも走行には関係なくエンジンなんか全然
問題ないのだけれど。取り付け、たてつけ、なんかが、いきなりきしみや、緩みがでてきたり、ゆがみが
発生してきたりしたのである。新車で買ったのも、中古で買ったのも、両方同じだった。申し合わせたよ
うに同じ時期に同じような症状が出てきた。つまり、多分寿命なのである。レクサスといえども、例外では
ないような気がするのだが・・・・・・・
 たしかに、いつまでも新車のような品質を持っていたら、メーカーは代替え販売が期待できずに困る
というのもあるのだろう。でも、はたして15年やそこらで、急激に品質が落ちてくる車を、すばらしいすば
らしいと、もてはやすのも馬鹿馬鹿しい気がする。
 
 国産の高級車には4コート4ベークの塗装が、施されていて深みのある色合いを出している。つまり、
4回塗りで、4回焼きつけているということだ。センチュリーは、5コート5ベークだという。たしかに、昔の
車なんかと違って、塗装の耐久性は抜群に良くはなった。リキッドガラスコーティングしておくと、かなり
のあいだ、ノーWAXでも大丈夫。だが・・・・・それは一部の車、もっと率直に言えば、トヨタ、日産のごく
一部だけであって、他はけっこういいかげんである。スバルなんかはひどいものだ。10年たたずして、
いたるところで塗装に鋼板にいたみや錆が出てくる。アリストを手に入れる前に、第一候補車だった
レガシーツーリングワゴンを断念したのも、これがひとつの理由になった。そして、トヨタ、日産の一部の
例外も果たして、それなりに高レベルな鋼板を使っているのかどうか・・・・それも安心はできない。
 新車からしばらくしは、いいのだが、少したってからダンダン判明してくるようだ。シーマなんか、
ちょっとたったやつだと、さびやいたみがひどくて、とても高級車などと威張れるものではない。いつか、
マフラーエンドが腐食して落ちかかったのを見たことがある。こういうのは、米車や欧州車では、大衆車
の話なのである。日本車に高級車みたいのは、存在するが、本物の高級車、あるいは最高レベルな自
動車というのは、ごく少ない例外を除いては、滅多にないはずでレクサスも例外ではなさそう・・・・・と思え
るのだが。

 本当にお客が、手ごわかったら、メーカーは、センチュリーみたいな車を高級車の水準まで持ってこな
ければならない・・・・・はずなんだが。メルセデスの水準、(といっても、90年代後半からつい最近までの
クライスラー提携時代の生産車やAクラス、Cクラス。MLクラスは完全に例外だが)は、そこがスタートポイント
であると思う。そこが基準点であり、そこから様々な車両に関わるソフト面が、これでもか、というくらいに
研究され検証され、フィードバックされている、そんな気がしてならない。安全性、疲労軽減、居住性、
取り回し、燃料効率、人間工学的な配慮、精神安定維持、神経疲労対策、見切り、性能維持能力、
品質保持能力、部品交換で蘇る新車の性能・・・・・挙げだしたらきりがない・・・・・しかし、実際に何年も
乗ってみて、いや何十年と言った方があたっているのかもしれないが、やっと理解できる、それも他の
車もたくさん試してきて、という条件つきであるかもしれない。



 
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