2011年2月21日月曜日

10年ぶりに病気で寝込むことになった。

 先週から、病気にかかってしまった。ようやく回復してきた。寝込んで休んだのは、かれこれ10年
ぶりだ。原因は、医者によれば食中毒か、例のノロウィルス感染とのこと。職場でスピーチを聞いてる
最中に気分が悪くなってへたれこんでしまった。その日は、仕事にならず。かと言って、すぐ動ける
状態でもなく夜まで休ませてもらってなんとか帰ることができた。とにかく、15分おきにトイレに駆け
込む始末で大変だった。よほどカーペット敷きの床面でもかまわないから横になろうかと思ったが、
やっぱり気が引けたので机にうつ伏し耐えることにした。吐き気がすごい。しかし、みんないる近くで
吐いてしまうのも気が引けるのでがまんした。トイレは、事務所内にあるのである。なんとか吐くの
だけは、とどまることにした。


 医者によれば、こういう時は、どんどん出してしまったほうがいいそうだ。もちろん始末や手洗いなど
はきちんとしなければ2次感染が起きてしまうのだが・・・・・・・水分(スポーツドリンク)などを切らさずに
補給してどんどん出してしまえ、ということだった。カロリーは、貯えがあるので大丈夫だそうだ。しばら
く食わなくても平気だと言っていた。その代わり、水分は蓄えられないそうだ。それを証明するかの
ようにやたらのどがすぐ乾きだす。あっという間に上唇が干からび出す。あわててハーブティー
(ルイボス茶)を飲む。またトイレに行きたくなる。その繰り返しだ。それでも全然腹がすかない。それ
どころか、腸のあたりにずっとなにかつまっているみたいで、腹いっぱいな感じがずっとしている。


 翌日から結局3日の欠勤となってしまった。事務所からは、どうにもならないとか、もう滅茶苦茶で、
とか泣きの電話が2~3時間おきに入ってくる。おいおい、病人にそんなこと言うなよ、と言いたいのは
ぐっとこらえて、迷惑掛けてすんません・・・・・と平謝り。それでも、休み2日目に、顧客との面談予定
が4件もその日入っていたので、なんとかなりませんか?のスタッフの泣きに、しかたなく出かけること
にした。さいわい容態は8割がた回復していたし。さあ出かけるぞ、と2日ぶりにシャワー浴びて、
整髪して、手荷物をそろえて・・・・とやっていると、私の上役にあたる人から電話が来て、まだ医師の
OKが出るまで出社停止だという。フーム、そうだろね。普通ね、とためいきをついた。


 というわけで、今週から仕事に復帰である。なんとかもう大丈夫だ。一時ひどかった免疫系の不全
も戻ったみたいだ。考えてみれば、先週まで3時間未満の睡眠での連日勤務が続くことがあった。
3時半すぎに寝て5時過ぎに起きて、6時ちょっとの電車に乗る、あるいは6時すぎに高速道路に
入って地方へ、というスケジュールが週の半分以上だった。おかしくなった日は、4時過ぎに寝て
6時前に起きて6:40くらいに車で出発、7:30過ぎに現地着、9時前業務終了、いったん帰宅、
1時間半休憩ののち車で事務所に出発、業務開始直後だった。


 これでは体がもたない。おかしくなっても当たり前かとも思う。ウーン、このままこの仕事を続けた
ものか?と正直考えてしまった。もう二度としないと思っていた宮仕え勤務。生活費を稼ぐため
に、本業で食えるようになるまでのつなぎ、と始めた仕事だった。たしかに、保険や年金、雇用が
きちんと保証されてるのはいいことだけど、それに見合う待遇を得られているかと言えば、とても
そんな状況ではないし。それは大手を辞めるときには覚悟していたことではあるが。それだったら、
就業条件とおりの労働時間を厳守してもらえないだろうか、というのが正直なところである。


 今の会社はどこも巧みにやっているのだろうか、研修や自主参加という名目で交通費のみ支払い
の無賃半強制労働が横行しているのではないか。それで業績好調を維持していても、それは社員
の自己犠牲の成果であって経営者は反省すべきじゃないだろうか。ひどいところは、バイトや派遣
勤務などに最近見られるが、研修期間中は、最低賃金、交通費なし、働きだしても、何年も賃金
すえおき、交通費上限制、交通費は自前、なんてのもあるらしい。


 マクロ経済レベルで見ると、現在大手企業の主だったところだけで企業の内部留保がフローで20
兆円超だとのことである。この5年間くらいは回復経済で企業会計は潤っていたのである。
 こういう時代に水呑み百姓ならぬ水呑み勤め人、あるいは牛丼食いワーキングプアでやっていく
のもひとつの“しのぎ”の姿なんだろうが、それはあくまで“しのぎ”であって、それ以上でもなければ
それ以下でもないということをはっきり認識すべきだろう。





不埒なランサーRSエボルーションⅧかⅨMR野郎をへこます・・・・

私は、昔から基本的に、ちょっと速い車に乗って、周囲をあおったり危険きわまりないことをやる
やつが大嫌いである。そういやつは、かなり昔からいた。わたしがまだ小さいころ、家族で親父の
運転する車で出かけた時のことだ。窓をあけて外をのぞいていると、猛スピードでわが家族のコロナ
バンをぶちぬいていったベレGがいた。そしてなんと、しばらく行ったスタンドでそいつと彼女に出くわ
したのをいまだに覚えている。もちろん、片側一車線とはいえ、当時のことだから、追い越し禁止で
はなかったろうと思う。親父だって別に動揺した様子も見せなかったし、給油に寄ったスタンドでも
、なんらそいつなど意識せず笑みをうかべて楽しそうにしていたのを覚えている。自分だって、べつ
になにも意識はしなかった。ただ、ものすごいスピードで前を走り去ったスポーツ車みたいのがいた
ということくらいだった。それなのに、なぜ今でも覚えているかというと、そのベレGがその時は、普通
の車とは違う日本車離れしたかっこいい車に見えたような気がしたのと、その目のくぼんだ20代半
ば前後のお兄さんが給油係りに言った耳慣れない“ハイオク”という言葉が印象的だったからだ。
その後自分が運転をするようになり、競技やレースにもエントリーするようになった時思ったのは
家族満員の車は、よほど慎重にしてあげねば可哀そうだ・・・・というものだった。それからというもの
おそらく昔は、あんな兄ちゃんだったろう・・・と思わせるような先輩運転手を見つけると、結構お返し
をしたくなったものである。


ことほどさように、昔からバカないきがりGTドライバーというのはいるにはいたのだが、特に80年代
前後から顕著になったと思う。中でも自分の車の性能が、目をつけた相手より上回ることをいいこ
とにいやがらせし放題をやるバカ、こういうのはターボ車が普及してくるとともに繁殖した気がする
が、私は個人的にはこういうバカは早く死んだほうがいいと思うくらいだ。しかし、そういう連中も、C
ARBOYやOPTIONの影響で、走り屋という名誉の称号を与えられて一時ずいぶん、素行がよく
なったものだ。少し前まで、よく休みの早朝や夕方などの高速でサーキットか峠帰りの走り屋の車らしきが
第1走行車線を制限速度以下でおとなしく走ってるのを見たものだ。


ところが、ここ最近また、一時の改造車ブームが過ぎて、もはや走り屋なんてIT時代前のムーブメ
ントになってしまったのか、またしても改造車乗りの専横きわまりない品行を見ることが多くなった気
がする。と言っても、GT改造車の絶対数が激減してるのだから、、以前に比べれば1/10くらいかも
しれないが・・・・・


私は、仕事柄、深夜車で帰宅することが多い。そのせいかもしれないのだが。


ちょっと前のことになるが、仕事の帰りだった。わたしが通称ワープ道路と言っている○○西道路という
ところを走行中、信号で止まっていると後ろに、なにかしらのオーラを発してる車がつけてきた。
青になって走りだす。しばらく行くと、両側が高い防音壁で囲まれた片側2車線のほとんど高速道路
のようなところにさしかっかた。ここから2kmくらい信号のない、自動車専用道路である。この日は
日付が変わったばかりだったと思うが、いつになく、車線に大型トラックが多くじゃまだった。特に
何台か前を走る追い越し車線の先頭トラックが後続を塞いでいる。何台か、左側車線によけて
抜いていったので、わたしもそれにならうことにしたが、いかんせん、タイミング的に左から抜ける
タイミングではなくなってしまった。それで観念して、また右側追い抜き車線に戻ったのだが、その
際十二分に車間を確認しているのにかかわらず、さっきの車が猛然とつめてきた。よくいるバカで
ある。なんら問題のない気をつかった行動でも、てめえの都合、気にいるかいらないか、ただそれ
だけで、相手の方が弱いとか遅いとかと見込んで仕掛けてくるバカ、昔から連綿と生息するそういう
下郎だ。
あまり気にせず走行してるとしばらくして左側から急加速して、スワーブしながらあっと言う間に、
先行車を数台抜いていった。リアビューを見送りながら、アルテッツアか?と思った。色は黒に近い
濃紺。大きなマフラーをつけていた。挙動は、レーシングサスが入ってるような感じはしないが、
ほとんどロールしてない。強化サスか?


3~4年前までならこういう目にあっても、ほっておいたのだが・・・・最近、こういう車に乗ってる連
中とおそらく同世代と思われる30歳前後~35歳前後のいわゆる団塊ジュニア世代の連中と仕事
をすることがけっこう多くあって考え方は変わった。事業所でリーダー格とかキャプテン格の連中だ。


昔のモードに火がついた。5速から3速にシフトダウン。レブが一気に跳ね上がり、すさまじい
加速が周囲を包む。それでも、まわりには最大限の配慮をしてスワーブする。ものの十数秒で、
さっきのバカが見えてきた。相変わらず、先行車を次々にかわしていくが、そこはこんなまねをする
ど素人+ノーマルに毛が生えた程度の車だから、レースカーのようなキレはない。一瞬で見切った。
開けたところに出ると、まわりの車もいないのにのうのうと追い越車線を突っ走っている。そこで、こ
こぞとばかりに、3速で思いきりよせてやった。
と、あっけなく、こいつは戦意喪失状態になってしまった。なってくれたはいいが、こっちはフル加速
だったのであやうく追突するところだった。このあいだのR34チューンドとはえらい違いである。
戦意喪失を見極めて、左から抜きにかかるとレブにあたってしまった。いやあ、こんなに出てたの
か?ノーマル車なら、たしかにこんな速度域で一般道で猛追されるなんて経験ないだろうなあと思い
ながらシフトアップする。先行してから速度は落とした。そしてミラーの中で行動を観察する。今度は
えらく神妙だ。もう、勘弁してくれ、といったところか・・・・


ところで、ここは覆面とネズミ捕りのメッカなのだが、大丈夫か??冷静になって、こわくなってきた。
うーん、やばい。やばい。しかし、もうあとの祭りだ。なるようになるさ・・・・と思って、ネズミ捕り
ポイントを過ぎる。セーフ!フー・・・・・
ゆるいカーブを下って信号へ、しばらく車間をとってやけに神妙になった後続車がついてくる。そして
信号にならぶと、こいつは手前のわき道にそれ、そこからショートカットして逆方向の車線に出て、
左折して信号をすりぬけて、思いっきりエンジン回転を挙げて悔しそうにテールを左右にドリフトさせ
ながら先に行ってしまった。
そのとき、アルテッツアだと思っていたのに、ハイチューンドタービンのウェイストゲートの音がして
たのと、ドリフトのときのトラクションがAWDみたいな感じがしたので、かなり違和感があった。FRで
あのドリフト制御だとすると、こっちの勘ちがいで、相手はまあまあテクニシャン+車もばっちり、
ということになるのだが・・・・・


家に帰って、頭に残ってたリアビューを元にネットで探してみる。ターボ車、車高高い、多分2リッター
クラス、はじめはインプレッサをやたら捜したが見つからず、アルテッツアは、もう全然形がちがっ
た。で、やっと見つかったのが、これである。これに多少エアロがついて、マフラーが95くらい
のがついていた。


あれからこいつは、しばらく寝込んだことだろう。1週間は寝込むと、昔は言われたものだ。自慢の
愛車があえなくぶっちぎられると・・・・。そして急速に自分の車に興味がなくなる、あるいはチューニ
ング地獄にはまっていく。それまではこわくて得体の知れない車には仕掛けられなくなる・・・・・・走り
屋とは、そういうものだ。そんなことに大金と若い数年間を無駄にして、結局はたいして速くもなら
ず、速くもなれず、タダのオヤジになったことを悟り、車を手放す。それが関の山だろう。


なんであんな20年近い昔のみすぼらしい車のほうが速いんだって、嘆いたことだろう。あの挙動、
あの車って・・・・・さぞかし悩んだことだろう。


補足:ふだんの私は、相手にもよるが心やさしいきわめて模範的ドライバーである。もう15年くらい
無事故無違反である。念のため。